社内AIルールの禁止事項|入力してはいけない情報の具体例
目次
「生成AIを業務で使わせたいが、何を禁止すればいいか分からない」——社内AIルールづくりで最初につまずくのがこの禁止事項です。抽象的に「機密情報を入れないこと」とだけ書いても、現場では「どこからが機密か」が判断できず、結局は事故が起きます。
実際、2023年にサムスン電子では、生成AIの社内利用を許可したわずか約20日の間に3件の情報漏洩が発生しました。原因は、半導体設備のソースコードや社内会議の録音データをChatGPTに入力してしまったことです。同社は結果として全社的な生成AI利用禁止に踏み切りました(Forbes JAPAN/PC Watch)。
この記事では、社内AIルールに盛り込むべき禁止事項を「①入力してはいけない情報」「②禁止すべきプロンプト」「③禁止する使い方」の3分類で、具体名まで列挙します。あわせて「禁止だらけにして誰も使わなくなる」失敗を避ける許可リスト方式、違反時の運用、よくある質問までを一気通貫で解説します。自社のルール雛形として、そのまま転用できる粒度でまとめました。
本記事は、企業向けAIガバナンス研修「AIガバナンス大学」(NIST AI RMF準拠、監修:松澤直之/ISACA東京支部 基準委員長)の講義内容をもとに編集部が構成しています。
なぜ「禁止事項」を具体名で決める必要があるのか
禁止事項を具体的に書くべき理由は、リスク管理の国際的な考え方からも裏づけられます。米国国立標準技術研究所(NIST)が公開する「AIリスクマネジメントフレームワーク(AI RMF 1.0)」は、AIリスク管理を Govern(統治)/Map(把握)/Measure(測定)/Manage(対応) の4機能で整理しています。禁止事項の策定は、このうち Govern で全社方針を定め、Manage で「やってはいけない具体行動」に落とし込む作業にあたります(NIST AI RMF)。
国内でも、総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」が、AIのライフサイクル全体でセキュリティ対策と情報漏洩リスクへの対応を求めています。法的拘束力のないソフトローですが、事業者が自主的に整備すべき基準として広く参照されています(経済産業省)。
ポイントは、これらのフレームワークが求めるのは「抽象的な心がけ」ではなく「運用できる具体的なルール」だということです。現場が判断に迷わないレベルまで禁止事項を具体化することが、事故を防ぐ第一歩になります。
禁止事項①:AIに入力してはいけない情報
最も事故が多いのが「入力」です。多くの生成AIサービスでは、入力した内容が学習に使われたり、事業者側のサーバーに保存されたりする可能性があります。一度入力した情報は取り消せないと考えるべきです。以下は入力を禁止すべき情報の具体例です。
| 分類 | 具体例 | 主なリスク |
|---|---|---|
| 個人情報 | 顧客・従業員の氏名/住所/電話/メール、マイナンバー、健康情報、顔写真 | 個人情報保護法違反、本人からの信頼失墜 |
| 顧客の機密情報 | NDA(秘密保持契約)で受領した資料、他社の非公開情報、預かりデータ | 契約違反、損害賠償、取引停止 |
| 未公開の財務・経営情報 | 決算前の業績、M&A・資金調達の計画、未発表の新製品情報 | インサイダー取引、経営戦略の流出 |
| 技術情報・知的財産 | ソースコード、設計図、製造レシピ、研究データ、特許出願前の発明 | 技術流出、特許を受ける権利の喪失 |
| 認証情報 | ID・パスワード、APIキー、アクセストークン、社内システムのURL | 不正アクセス、システム侵害 |
| 社内限定文書 | 議事録、人事評価、給与データ、社内規程、稟議書 | 内部統制の崩壊、コンプラ違反 |
サムスンの事例で漏洩したのは、まさに「ソースコード」と「会議の議事録」でした。どちらも現場担当者が業務効率化のつもりで入力した結果です。悪意ではなく「良かれと思って」起きるのがこの種の事故の怖さで、だからこそ具体名でのリスト化が効きます。
- 迷ったら入れないを大原則にする。
- 固有名詞(実在の顧客名・製品名)は伏せ字やダミーに置き換えてから使う。
- コピペする前に「これが外部に出たら困るか」を一呼吸おいて考える。
禁止事項②:入力してはいけないプロンプト・指示
情報だけでなく「指示(プロンプト)の内容」にも禁止すべきものがあります。AIに何をさせるか、という観点の禁止事項です。
| 禁止する指示 | 具体例 |
|---|---|
| 違法行為につながる指示 | 他者への攻撃手法、マルウェア作成、不正アクセスの手順を尋ねる |
| 差別・誹謗中傷の生成 | 特定の個人・属性を貶める文章や画像を作らせる |
| 他者の権利侵害 | 実在の著作物・キャラクターの複製、他社ロゴの模倣生成 |
| 虚偽情報の作成 | 事実に反するプレスリリース、なりすましメール、偽レビュー |
| 出力の無検証な利用を前提とした指示 | 「そのまま契約書として使える文面を」など、人の確認を飛ばす前提 |
生成AIの出力は誤り(ハルシネーション)を含むことがあります。したがって「AIの回答を、人の確認なしにそのまま外部提出・意思決定に使うこと」自体を禁止事項に含めるのが安全です。AIはあくまで下書き・叩き台を作る道具と位置づけます。
禁止事項③:禁止する使い方・利用シーン
「情報」「指示」に加えて、「使う環境・場面」のルールも必要です。
- 許可されていないAIツールの業務利用(シャドーAI):個人契約の無料AIやブラウザ拡張機能に業務データを入れる行為。会社が把握できず統制が効かないため禁止します。
- 無料版・個人アカウントでの機密業務:入力データが学習に使われる設定のまま業務利用すること。法人向けプラン(オプトアウト設定が可能なもの)に限定します。
- 公開端末・私物端末での業務利用:ログインしたまま放置、私物スマホでの社外秘データ処理など。
- AIへの丸投げによる意思決定:与信判断、採用の合否、懲戒などの重要判断をAI出力のみで確定させる行為。
これらは「情報を守っていても、環境が穴になる」典型例です。特にシャドーAIは、従業員の善意(早く仕事を終えたい)から広がるため、禁止と同時に「使ってよい正規ツール」を提示することが欠かせません。
「禁止だらけ」で終わらせないコツ:許可リスト方式
ここまで禁止事項を並べましたが、禁止を増やすほど現場は萎縮し、隠れて使う(=シャドーAI化する)という逆効果が生まれます。禁止事項の設計で最も大切なのは、「禁止」と「推奨」をセットで示すことです。
おすすめは、信号機のように区分を可視化する方法です。
| 区分 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 🟢 OK(推奨) | 自由に使ってよい | 公開情報の要約、文章の校正、アイデア出し、コード雛形の生成 |
| 🟡 条件付き | 上長承認・匿名化すれば可 | 顧客名を伏せた議事録の整形、社内データの傾向分析 |
| 🔴 NG(禁止) | 例外なく禁止 | 上記①〜③の禁止事項に該当するもの |
「何がダメか」だけでなく「何ならどんどん使ってよいか」を明示すると、現場は安心して活用でき、生産性とガバナンスを両立できます。禁止リスト(ブラックリスト)だけでなく、許可リスト(ホワイトリスト)を併記するのが、続くルールのコツです。
社内ルール全体の作り方は、AI利用ガイドラインの作り方で体系的に解説しています。あわせてご覧ください。
違反時の運用:ルールは「運用」まで決めて完成
禁止事項は「決めて終わり」では機能しません。違反が起きたとき・起きそうなときの運用まで定めて初めてルールになります。
- 申告・報告のルート:うっかり機密を入力してしまった場合の連絡先(情報システム部門など)と手順を明記する。早期申告を責めない文化にする(隠蔽を防ぐため)。
- 一次対応:入力データの削除依頼、該当アカウントの利用停止、影響範囲の特定。サムスンは事故後、1問あたりの入力容量を1,024バイトに制限するなどの緊急措置を取りました。
- 段階的な措置:初回は注意・再教育、悪質・反復は人事規程に基づく処分、と段階を明確にする。
- 記録と改善:インシデントを記録し、ルールと研修に反映する(NIST AI RMFのManage→Governへのフィードバックの考え方)。
罰則を設ける場合も、目的は「処罰」ではなく「再発防止と早期発見」です。過度に厳しくすると報告されなくなり、かえってリスクが見えなくなります。
なお、入力段階での漏洩を技術・運用の両面から防ぐ具体策は、生成AIの情報漏洩対策で詳しく整理しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 有料版・法人向けプランなら、機密情報を入力しても大丈夫ですか?
法人向けプランの多くは、入力データを学習に使わない設定(オプトアウト)が可能で、個人向けより安全性は高まります。ただし「絶対に漏れない」わけではなく、事業者側での一時保存や、設定ミス・アカウント乗っ取りのリスクは残ります。プランに関わらず、①の入力禁止情報は原則入れない運用を推奨します。
Q2. 禁止事項は一度作れば更新しなくてよいですか?
いいえ。AIツールの仕様や法制度は頻繁に変わります。経産省のAI事業者ガイドラインも毎年のように改定されています。最低でも半年〜1年に一度は見直し、新しいツールの追加や事故事例の反映を行ってください。
Q3. 社員が禁止事項を守っているか、どう確認すればよいですか?
利用ログの取得できる法人向けツールに集約する、定期的な研修と理解度テストを行う、といった方法があります。「見られている」という抑止だけでなく、「困ったら相談できる」窓口の設置が実効性を高めます。
Q4. お客様から預かったデータをAIで分析したい場合は?
NDAや契約で「第三者提供・外部サービス利用」が禁止されていないかを必ず確認してください。許可されていない限り、外部の生成AIへの入力は契約違反になり得ます。分析が必要なら、顧客の同意を得るか、外部に送信しない社内完結型(オンプレミス/クローズド環境)のAIを検討します。
Q5. 禁止事項が多すぎて、現場が使ってくれません。
禁止だけを並べていることが原因の可能性が高いです。本記事の「許可リスト方式」のとおり、🟢OKの範囲を具体的に広く示してください。「これは自由に使っていい」が明確になると利用は進みます。禁止と推奨は必ずセットで運用しましょう。
まとめ
社内AIルールの禁止事項は、抽象論ではなく具体名まで落とし込むことが事故防止の分かれ目です。本記事の要点は次のとおりです。
- 禁止事項は ①入力禁止情報 ②禁止プロンプト ③禁止する使い方 の3分類で整理する。
- 入力禁止情報は、個人情報・NDA情報・未公開財務・ソースコード・認証情報など具体名で列挙する。
- サムスンの事例のように、事故は「悪意」ではなく「善意の効率化」から起きる。だから現場が迷わない粒度が要る。
- 禁止だらけにせず、許可リスト方式(🟢OK/🟡条件付き/🔴NG)で推奨とセットにする。
- 違反時の申告・一次対応・段階的措置・記録改善まで決めて、ルールは完成する。
禁止事項の設計は、NIST AI RMFや経産省ガイドラインが示す「統治→対応→改善」の一部にすぎません。自社の実態に合った運用まで作り込むことで、初めて「守れるルール」になります。
まずは、自社の現在地を5分で。
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監修:松澤 直之(ISACA東京支部 基準委員 委員長)